「セカンドライフは成功だったのか、失敗だったのか。」
よく流行りものサービスが出てきた時に「セカンドライフみたいで云々」と言われることがあります。
ここでの「セカンドライフ的」というのは、
・日本を代表する広告代理店が踊ったけど目立った成果を残せなかった。
・一般企業が、こぞって参加した
・そして、希望する集客が得られなかった
というあたりを示していて、保守的で実績重視な日本人社会の中で、珍しくチャレンジングに動いて見事にうまくいかなかった現象を「セカンドライフ的」と言うんだと僕は思っています。
まさにtwitterもそのような言われ方をする状況とも言えます。
確かに、twitterがオープン戦略で参入障壁が低いため、セカンドライフと同様に、さまざまな企業や取り組みが集中している状況として、「セカンドライフ的」と表現したくなる気持ちは、まぁわからなくもないです。
そして、今後、期待するほどの収益や集客を出せるかどうかもわからない。
理由は簡単で、ネットって、TVに比べたら、まだまだニッチだから。
マスの変わりになるかならないかは、まだ見えてない。そんな状況だから、頑張らないと、うまくいかない可能性の方が圧倒的に高い。だから頑張る。
もしマスになってたら、もっと参入障壁が高いだろうし、もっと利権的だろうし、やりにくい世界だと思うし。そうねi-modeの世界なんかはそうなのかもしれないね。
ドコモ担当者と如何に仲良くなって、最新情報を得るかが携帯向け企業の強みだ、なんてPRも聞いたことあるし。それどこの中国かよ、みたいな。
ただ、
じゃぁ、「セカンドライフは失敗した」と安易に言いきってしまう価値観には、私は結構疑問があります。
その失敗の定義は、往々に以下のことを示してるように思います。
・お金を使ったが、費用対効果が得られなかった。
・投資したが、リターンが得られていない。
まるで上司か、投資家のノリです。
費用対効果については、失敗したのは、目標設定も含めて、お金を出した張本人達の都合であって、周りの人が評価する場合は、正しくは「セカンドライフ施策は無駄遣いに終わった」という個別の評価であるべきだと思います。媒体となるサービスを批判する前に、自分たちの判断力や企画力を反省せよって話です。
もし、投資家であれば、期待する期間の間にリターンが得られていないのであれば、投資は失敗だったのでしょう。
しかし、投資もしてない一般庶民にとっては、実に無関係な話です。別に恩恵も損もないのですから。
ユーザーであれば、「セカンドライフをやってもつまらなかった」というのが、正しい表現かもしれません。
話によると、今もセカンドライフを楽しんでいる人たちもいるそうですから、その人たちにとっては、「セカンドライフは楽しい」という評価なんだと思います。
僕は、「セカンドライフは酔うから無理」・・・です。
でも、確かにセカンドライフは、「そこにいる人たち」に感動したし、わくわくしたのは間違いないです。(参考:F's Garage:セカンドライフのポテンシャルについて。)
ただ、若干、僕には継続利用する要素に弱かったというのはありそうです。リアルタイム性がリアルタイム過ぎたので。そんなにその世界にコミットできません。(これはオンラインゲームも同じ)
そこら辺はニコニコ動画もtwitterも疑似ライブになるように、よく考えられています。
しかしながら、セカンドライフというサービスが維持している限りは、「失敗した」という定義は僕には断言できません。
何が言いたいかというと、世の中の人が安易に「このサービスは失敗した」「成功した」という風に言ってしまうのは、ネットの情報が投資家視点で書かれている情報が多いために、それに影響されて、
「その気になって評論しているだけ」
ということなのかなと思います。
野球ファンが、監督目線であの選手はダメだとか言ってるのと同じなのかな。
問題はそれに気がつかずに、真面目な顔をして「セカンドライフは失敗しただろ!」って言ってることだと思います。
何故、失敗と言い切れないかというと、
僕はセカンドライフを運営しているリンデンラボの実態は全然知りませんが、もし、彼らのリソースの範囲で、毎日、精いっぱい頑張っていられて、ちゃんとお給料がもらえて、楽しく仕事をする状況が続いているなら、少なくとも従業員にとっては、
「ビジネスとして成功している」
かもしれないからです。
成功や失敗の定義は、一義には決まらないハズです。
なのに成功や失敗の基準を持たない外部の人間が、「セカンドライフは失敗した」というのは、おかしいことです。
もし、マニフェストとして「2009年12月までに世界を征服する目的」があったのなら、確かに「失敗」してそうです。
でも、そんなの見たことも聞いたこともありません。
失敗とするならば、何をもって失敗したのか、というのは大事なことで、そこの定義や自分の立ち位置を曖昧にしたまま「失敗した」というのは、あまり説得力を感じないので、やめて欲しいなと思っています。別に強制できないから、「見たくない」というのが正しい表現か。
僕自身は、投資家ではなく踊る側の人間ですから、ネットで何かを作っていく行為はもっとチャレンジ精神にあふれていて、わくわくして、楽しいものであって欲しいと思っています。
そこに対して、まるで投資家視点の話を持ってこられても噛み合うわけはありません。別に金儲けだけが成功だと思ってないし。
まぁ、いろんな企業が、新しい仕組みに対して、自社の強みを生かせず、自分の収入に反映されるところ以外でお金が動いて、なんだお前らの金の使い方は、ばーかばーか、と言いたい気持ちは、とてもわかりますが、その辺のことを指して「セカンドライフ的」だとする空気は十分に読んでますが、残念ながら、そういうこともやってかなきゃいけないので、それ自身は大人的ではないですね。
時間は有限ですから、そりゃ失敗の一つや二つしますよ。イチローだって打率3~4割。後は打ててないわけで。
みんなそうやって頑張ってるんだから。結果が出せなくてお給料が下がるのは、株主じゃないのなら、企業内の人事評価の範囲だけで良いじゃないですか。
pookmark